コロナ・パンデミックで見えてきたドイツ見本市の未来像

 

青山 香織

アンサンブラウ イベント+マーケティング

 


ドイツ見本市出展企業を対象にドイツの経済研究所ifo(イフォ)が2021年8月に実施した調査結果について紹介します。2020年3月末から2021年6月までの約15か月間、コロナ感染拡大を受けドイツでは、ビジネス開拓の最強ツールであった見本市がほぼ全て、開催中止となりました。代替策としてこの時期でてきたのがデジタルを活用したバーチャル見本市。これまでになかった事態を経験したドイツ企業が、この15ヶ月をどのように受け止めていたのか、今後の見本市についてどのように捉えているかが、この調査結果から見えてきます。


この記事のポイント

 

 ifo研究所によるドイツ企業調査結果が示すこれからの見本市

  • コロナ前まで順調だったドイツ見本市
  • 見本市中止のダメージは企業により様々
  • 損失を克服した企業と克服できない企業の違い
  • リアル見本市の補助としてのデジタル活用に肯定派多数
  • 業界・バーチャル経験の有無で温度差
  • ハイブリッドが新しい見本市のスタンダードに

ifo研究所によるドイツ企業調査結果が示すこれからの見本市

コロナ前まで順調だったドイツ見本市

 

この見本市無開催がドイツ経済に与えた影響について、ドイツ見本市産業協会とifo研究所がデータを公表しました。まずは、ドイツ見本市業界の過去10年の売上規模推移について。

ドイツ見本市業界売上規模は、コロナ前まで堅調に成長を続けていました。
ドイツ見本市業界売上規模の推移

ここで言う売上規模とは、ドイツの見本市主催会社の売上総計を基としています。そのため、かなり限定的な規模推算となりますが、ここで注目したいのは、コロナ前までドイツ見本市業界の売上規模は堅調に成長していたという事です。コロナ前の2019年度までの過去10年間、毎年堅調に売上を伸ばしており、2010年度の約28億ユーロ(1€=129.3円で換算すると約3,600億円)から、2019年度には41億ユーロ(約5,300億円)と約1.5倍(46%増)の伸びを示しています。

 

その堅調な伸びが、コロナ・パンデミックでロックダウンを行った2020年にはこうなりました。

 

コロナの影響で、2020年の見本市開催件数は例年比マイナス66%、来場者はマイナス73%と大きく落ち込みました。
コロナでドイツ見本市業界が受けたダメージ

ドイツ見本市での来場者数、出展面積、出展企業数、見本市開数を、コロナ前の2016年から2019年の平均値と2020年で比較しています。来場者数はコロナ前より73%減、つまり例年の3割にも満たない(27%)状況です。出展面積、出展企業ともに71%減、開催された見本市の件数自体がマイナス66%、といずれも大きく落ち込んでいます。

 

この数字は、デジタル見本市や小さな地域内での販売会のような見本市も含めての数値となるので、規模の国際見本市だけでの比較であれば、より大きな減少となっていると考えられます。来場者数の落ち込みが最も大きいのは、ドイツの見本市の来場者の半数以上が海外からのバイヤーである点が響いていると考えられます。

 

これまで顧客との信頼関係づくり、新規顧客獲得、追加オーダー受注を見本市に頼ってきた企業にとって大きなダメージである事は言うまでもありません。

 

見本市中止のダメージは企業により様々

 

見本市中止による経済損失は、昨年より今年2021年は改善がみられるが、従業員50人未満の企業では昨年同様の損失が見られます。
見本市中止で被った出展企業の経済損失

こちらは、ifo研究所がこれまで見本市に出展していたドイツ製造業企業841社を対象に実施した聞き取り調査の結果です。上部の2021年のデータは、2021年8月に聞き取りを行っています。従業員規模により分類されたデータを見ると、損失を受けたと回答した企業の割合や損失の大きさに各分類で違いが見えます。

 

コロナによる見本市中止で経済的損失を負ったと答えた企業は全体の43%、11%は損失は大きいと回答、損失はあったが小さいとの回答は32%でした。従業員数規模で見てみると、従業員50名未満の企業が損失ありと回答した割合が最も高く半数を超える52%、損失が大きいと答えた割合も18%と最も高くなっています。反対に、従業員250名以上の企業では、損失を受けたとの回答は36%、大きな損失との回答も7%と最も低い割合です。

 

従業員規模により見本市中止の経済的損失に違いが生まれていることがわかります。従業員規模が小さな企業の方が損失を受けた割合も度合いも大きく、大きな企業の方が損失は小さいという結果です。

 

 

損失を克服した企業と克服できない企業の違い

 

ここで興味深いのは、昨年2020年の調査結果との違いです。グラフの下側になります。2020年には従業員規模による違いはほとんど無く、52%前後の企業が損失を受けたと回答し、大きな損失を受けたと回答した企業の割合も6-7%、50名未満の企業と250名以上の企業との違いは僅か1-2%で、従業員規模による違いもほとんど見られません。

 

それが、2021年になると、全体数では損失を受けたとの回答は2020年の52%から43%へ減少、従業員数50名以上の企業では36-40%へと損失を受けた割合が下がっています。一方で、50名未満の企業は前年とほぼ同じ割合が損失を受けたと回答、大きな損失との回答は前年7%から18%へと増えています。従業員50名未満の企業だけが見本市中止の影響から立ち直ることができずにいる印象です。

 

この違いはなぜ生まれたのでしょうか。ifo研究所の報告書で原因についての明言はありませんが、推測すると、この一年間でデジタル化に力を入れた企業とそうでなかった企業の違い、という可能性が最も高いと考えられます。2020年に見本市中止やロックダウン、入国規制で顧客との物理的なコンタクトが困難になってしまった中、代替策としてデジタルでのコミュニケーションを充実させた企業は、2021年に見本市中止による損失から脱却できたのだと思われます。また、2020年後半からはドイツではデジタルを駆使したバーチャル見本市の開催が増えましたが、ここでデジタルをうまく活用できた企業が出てきているのだと思います。

 

 

リアル見本市の補助としてのデジタル活用に肯定派多数

 

同調査ではバーチャル見本市の将来的な意義についても聞いていますが、ここでも従業員規模による違いが生まれています。

 

見本市出展経験のある製造業界企業の約7割がバーチャル見本市に好意的、大半はデジタルを補助的に活用することを肯定しています。
バーチャル見本市の将来像

先ほどと同じ製造業界見本市出展企業にバーチャル見本市は将来的にどのような意味を持つかを尋ねた結果です。全体の31%は「全く意味がない」と否定していますが、残る69%はバーチャル見本市に度合いは異なるものの意義を感じている、バーチャル見本市肯定派です。最も多い意見は「リアル見本市の補助的ツールなら」で全体の54%、「部分的にはリアル見本市にとって代わる」という意見は全体の14%、1%ではありますが、「リアル見本市にバーチャル見本市が完全にとって代わる」という回答もありました。

 

従業員規模別でみると、否定的な意見が最も多いのは従業員数50名未満の企業で、37%がバーチャル見本市に意味はないと回答しています。一方で、従業員250名以上の企業では否定派は20%、半数以上(62%)がリアル見本市の補助的ツールとしてバーチャル見本市を肯定しています。新しいコンセプトであるバーチャル見本市をはじめ、これまでの見本市とは異なる営業ツールを有効に活用した企業が、今年に見本市中止によって損失を被るケースや度合いが減ってきていると考えられるのではないでしょうか。

 

ただし、ここではその違いを従業員数の分類で表していますが、私の意見では、デジタル化と従業員数は必ずしも連動することではないと思います。従業員規模に関わらず、柔軟性を持って現状に向き合えば、従業員数の少ない企業もデジタル化を進めてバーチャル見本市をうまく活用できますし、従業員数が多いからといって必ずしもデジタル化を進めやすいとは言えないと思います。むしろ、少数、小規模である方が体制を変えやすいというケースもあるかもしれません。この調査での企業分類が従業員数を基準としているために、従業員数がデジタル化の鍵のようにみえてしまいますが、実際には企業の柔軟性など形になりにくい、従業員数よりも重要な要因があるように思います。

 

業界・バーチャル経験の有無で温度差

 

同じ調査で、今度は卸売業界の企業と、バーチャル見本市への参加経験の有無で分類した結果です。

 

卸売業界企業の方が製造業よりバーチャル否定派が多い。また、バーチャル経験企業は肯定派が製造業の9割、卸売業でも8割。
バーチャル見本市の将来像:業界・バーチャル経験有無での比較

 

製造業全体のデータは、上記のデータと同じで、バーチャル見本市は今後全く意味がないとするのは約3割(31%)、それ以外の約7割(69%)はバーチャル見本市はリアル見本市の補助、場合によってはとって代わる存在と認めています。卸売業界企業はどうかというと、肯定派がぐっと減り55%、45%が否定派です。ドイツの卸売業企業には長年の実績を培ってきたところが多く、昔からのビジネスのやり方を好む傾向があるので、そうした背景からバーチャル肯定派が少ないのではと思います。ただそれでも、過半数はバーチャル見本市肯定派です。

 

興味深いのは、バーチャル見本市への参加経験のある企業に好意的な反応が多いことです。製造業、卸売業ともに、否定派が減って、製造業では約9割(87%)、卸売業で約8割(79%)がバーチャル見本市肯定派です。元々に新しいものを好意的に受け止める傾向のある企業がバーチャル見本市に参加しているからかもしれませんが、「バーチャル見本市、参加してみたら意外といけるかも」という感じなのではないかなと推測できます。どちらかというと、新しい事に対して慎重な傾向があるドイツ企業は多いので、バーチャル見本市元年であった昨年は参加に躊躇した企業も少なくありませんでした。バーチャル見本市の普及に伴い、参加するドイツ企業が増えてくると、これまでの見本市にデジタルを活用した見本市を効果的に活用する企業が出てきて、リアルとバーチャルのハイブリッド形式の見本市が主流になる可能性がとても高いと思います。

 

 

ハイブリッドが新しい見本市のスタンダードに

 

 

「コロナと生きる」に舵をきったドイツでは、今秋から見本市が再開、来年1月より、主要な国際見本市のほぼ全てがコロナ前と同じように見本市会場での、リアル見本市の開催を予定しています。久しぶりの、待望の見本市再開なので、どの見本市もリアルで開催できる事を強くアピールしており、一見すると見本市の世界はコロナ前に戻ったように見えます。

 

しかしながら、詳しく見てみると、業界を牽引してきた主要見本市のほとんどが、コロナ前の見本市の形にデジタルを加えています。出展者、来場者にとってのメリット、価値を高めようとしている努力が見えてきます。

 

ドイツの見本市は再開しましたが、コロナ前と全く同じ形での想定ではなくなってきています。デジタルのメリットと、リアル見本市ならではのメリットの両方を活かしていける企業が、これからの見本市で大きな収穫を得られるようになります。

 

再開後のドイツ見本市へのご出展をお考えの方は、この点をしっかり活かして、ぜひドイツ、欧州、そして世界市場に羽ばたいていただきたいと思います。

 

 

*参照したデータ:「ifo研究所業界分析レポート:見本市業界」 

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